君からの贈りもの


今はまだ私の宝物箱に
やっぱり、冬はどこの時代でも肌が乾燥するらしい。特に私の場合は唇が乾燥する。パリパリに乾いた唇は、水分がなくなり痛くなってしまう。水で濡らしてもそれは効果がない。困っていたら、かごめちゃんが現代から持ってきてくれたリップクリームをくれた。ありがたや〜と土下座をして受け取ったリップ。これがあれば、冬の乾燥もさよならさ。と鼻歌を歌っていたら阿吽に乗っているりんちゃんが不思議そうに私の手元を見てきた。



ちゃん。それ、なーに?」
「ん?これね、リップクリームって言うの」
「りっぷー?」
「んー。紅みたいなものかな」
「紅!」



やっぱり、りんちゃんは女の子だ。紅(実際は違うけど)と聞いて目が輝いている。私もりんちゃんの歳より少し下の時、母親の口紅を顔中に塗りたくり、その上爆睡している父親の顔にも塗り、口紅を押し潰したことがあった。あの時、母親は雄叫びをあげ一瞬気絶しそうになっていたか。なんでも、あの口紅は某有名ブランドの限定品だったらしい。今、思えばあの時、雄叫びをあげただけで私を叱り飛ばさなかった母親は心が広かった。そんなことを思い出しながら、りんちゃんを見れば興味津々で私のリップを見ている。昔の私に投影してしまい笑みが零れた。



「りんちゃん。このリップあげる」
「え……!いいの!?」



目を光らせるりんちゃをは本当にかわいらしい。



「うん。私は、またかごめちゃんに買ってきてもらえるから。はい」
ちゃん!ありがとーう!!」



私が渡したリップをりんちゃんは本当に嬉しそうに見つめていた。このリップは薬用だし体に悪くはない。りんちゃんぐらいの年頃ならリップがちょうどいい。それに、このメンバーだ。お洒落に興味がでる年頃でもお洒落できないだろう。少しりんちゃんを憐れに思ってしまった。そんなことを踏まえてリップを嬉しそうに見つめるりんちゃんを見れば涙がでてきそうだ。そんなりんちゃんを邪見がいやみを言っているが、今のりんちゃんには邪見なんて見ていないらしい。あんなに嬉しそうにしてもらえたらリップをあげたかいがある。いいことしたな、と歩いていたらどうやら先頭を歩いていた殺生丸に並んでしまったらしい。横を見れば、相変わらず前しか見ていないきれいな顔があった。



「やっぱり、りんちゃんも女の子よね。嬉しそう……」
「……」



黙っている殺生丸はいつものことだから私は気にしない。何も答えないけど実はちゃんと聞いてくれていることを私は知っているから。



「…………」
「ん?なに」



黙っているかと思ったがいきなり名前を呼ばれて驚いた。



「……」
「って、なにも言わないのかい!」



黙って歩き出した殺生丸に不覚にもツッコミをいれる私。やばっ、怒られる……。覚悟して身構えたけど彼は歩みを止めなかった。それどころか、彼の左肩にかかっている毛皮が揺れる。あ、これは。と思えば案の定、殺生丸は空上がった。何も言わずにどこかに行くのはいつものことだが、今回はあまりにも唐突だ。呼び止めようとしたが、殺生丸はすでに空の彼方。叫んでも聞こえるわけもなく。私は彼が去った方向を黙って見つめていた。そして、殺生丸が消えてだいぶしてから、自分の主君がいなくなったことに気付いた邪見が騒ぎだしたが、私達は先に進むことにした。ここは、広々とした場所だ。隠れる場所がないところでは敵に見つかるかもしれない。殺生丸は私達の匂いを追って向かいに来てくれるだろうし。りんちゃんが乗る阿吽の手綱を手に持ち私は歩き出した。



ちゃん……殺生丸さま、遅いね……」



眠むたげに目を擦るりんちゃんが言う。けっきょく殺生丸は夜になっても帰ってこなかった。どうにか見つけた洞窟の中で、弱々しい焚火をとりながら私達は殺生丸の帰りを待っていた。もう、夜も遅い。りんちゃんにとってはいつもなら寝ている時間だ。



「りんちゃん、もうおやすみしなさい」
「えー!まだ、寝ないよ!殺生丸さまの帰りを待ってる!」
「殺生丸は今日は帰ってこないわ。それに、あれ見て……」
「あ、邪見さま寝てる!」
「ね?邪見も寝てるし、無理しないで寝なさい」
「……うん、わかった」



さすがに堪えられなかったのだろう。りんちゃんは寝ている阿吽のそばに行くと横になった。そしてほどなく、規則正しい寝息が聞こえてきた。皆が寝静まればほどなくして静寂と闇が襲ってくる。洞窟の口から見える月だけが、この世を照らす唯一の光りだ。こうして私も目を閉じた。



頬にあたる柔らかい感触が気持ちいい。薄らと目を開ければ見覚えのある、毛皮が目に飛び込む。これは、殺生丸が持っている毛皮だ。



「殺生、丸……?」
「……起きたのか」



寝ぼけた目で横を見れば、いつの間にか帰ってきていたらしい殺生丸が私の隣に腰かけていた。どうやら私は彼の毛皮を枕がわりにしていたらしい。思わず毛皮を再度触る。き、気持ちいい。このふわふわした感触、ざらつきもせず不快感をいっさい感じさせない。だから、夢見がよかったのね。と一人で納得してしまう。そんな私の行動を殺生丸はしたいままにさせている。



「殺生丸……」
「なんだ」
「おかえりなさい」
「……」



そう言っただけなのに彼はそっぽを向いてしまう。実はけっこう殺生丸はわかりやすい、と私は思っている。皆が寝ている中、私は小さい声で殺生丸に聞く。



「どこに行ってたの……?」
「どうでもいいことだ」
「……そう」
「…………」



名前を呼ばれ殺生丸の目を見つめた。鋭い瞳には優しさが見えかくれる。



「これを……」
「貝殻?」



殺生丸がふいに差し出した手の中には小さな二枚貝があった。漆が塗られているらしく、月の光りに照らされ美しく光っている。殺生丸を見上げるが、どうやらこれを開けら、と言いたいらしく私は素直に二枚貝に指もっていった。蓋に指をかけ、小さな殻を開ける。中には紅色の固体が入っていた。話しには聞いたことがある。これは、この時代の紅だ。驚き、彼を見上げる。相変わらず無表情だが優しい瞳が私を捕らえていた。



「これ……」
「……やる」



ぶっきらぼうに言う言葉。私の胸の奥が疼くのがわかった。私がリップをりんちゃんにあげたから彼は私のために紅をくれたのだ。私だけのために。それを思うだけで殺生丸にとって私が特別な存在だということに、目眩がおきそうなほど幸福だということがわかる。私はとても、幸せだ。



「ありがとう」
「……」
「大事にする……。宝物にするわ……」
「ああ」
「でも、今はつけないの……」
「……なぜ?」

「貴方のところに嫁ぐ時に、つけていくから……」



殺生丸の肩にもたれかかり私は言う。彼はそれ以上なにも言うことはなかったが、かわりに私の肩に手をまわした。彼の右手は刀をもつための手。だけど、今だけは私だけのものだ。








20071112