24、朧月夜








 ああ、あの女だ。あの人間が父を惑わしたのか。と、殺生丸は怒りに目をそぼめた。
 父が死に。父が愛した人間の女と身ごもった赤子を殺そうと屋敷に赴いた。
 父は人間などの卑しき生き物を愛した。尊敬する父がしたおこないは、殺生丸の心を傷つけた。その上、女と子供などを助けようとし、父は死んだ。父は卑しき者のために無駄死にしたのだ。父が死んだとなれば、か弱き女と半妖の子供など残酷な未来しかない。いっそ殺生丸があの世に連れて行ってやろう。
「ははうえー!」
 屋敷に入れば。銀髪をした子供が女の元に走り行く姿が見えた。周りには誰もいない。あれが例の女と子供か。なるほど、父譲りの銀髪をしている。と、近づいて行けば、女が殺生丸に気づいた。

 そして、微笑んだ。

 柔らかく笑う女は殺生丸を見つめている。
「   」
 女が殺生丸に何かを言った。子供が振り向く。もう一度、女が何かを言う。
 この女を父が……。




 虫の歌声が聞こえる。
 またあの夢か。と殺生丸は目を開けた。洞窟から見える朧月は微かに森の闇を照らしている。
 に出会ってから、よくあの夢を見る。があの女に似ているからだろうか。天生牙が温かくなる。この使えぬ刀は殺生丸に何が言いたいのだろうか。使えない刀を握れば温かみが引いていくのがわかる。
 ふと隣を見れば、の規則正しい寝息を聞こえてくる。
 ……似ている。
 はあの女に似ている。
 数日前、を助けた。の血の匂いを嗅ぎつけ、自分でも不思議になるほどの早さで駆けつけ、気づけばを助けていた。
 は死んだ。と、奈落は言った。けれども、生きて、今自分の隣にいるのだ。だが、記憶がない。それは、ここ数日一緒にいて思い知らされた。殺生丸が知っている過去をは知らない。それを不愉快と感じた。自分は知っているのに、なぜ?
「ん〜……」
 の顔を見ていれば、うっすらと瞼が開けられ、
「ん……きゃぁー!!」

 殺生丸の頬を叩いた。

 悲鳴に起きた邪見は、ちょうどその場面を見ると、鳥肌が立った。
(この女、殺生丸様を叩いた……。殺されるぞ!)
 冷や汗が邪見の背中を流れる。これで、この女の命は終わった。けれども、叩かれた殺生丸は動こうともしない。
「あ、ごめん。殺生丸か〜。てっきり怖い妖怪かと思っちゃった〜……」
 と、それだけ言うと再び寝息が聞こえてきた。
(……殺生丸様は……一体、どう出る……!!)
 ドキドキと心臓が跳ねる。これまでの相手なら、もう命はない。
 邪見の予想と裏腹に殺生丸は、の隣から立ち上がると、洞窟の出口まで行き、朧月を見上げた。
 どうやら、は命を取り留めたらしい。
(この女……凄い)
 邪見は結局この夜、眠れなかった。





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20100602