21、蜘蛛








 一晩経ち、犬夜叉一行が村を出た。村の出口まで見送り、かごめと手を握りあい、そして別れた。犬夜叉は相変わらず背中を見せて、愛想もなにもなかった。
 去っていく彼等を見ながら、昨晩の話を思い出す。
 彼等が四魂の玉のかけらを集める旅をし、奈落という妖怪を探していること。
 妖怪や人間。願いを叶えるあやかしの宝玉。それは四魂の玉。
 四魂の玉は桔梗から聞いた。っと、思わず言ってしまい、かごめの眉がピクリと動いた。結局は、犬夜叉が桔梗の匂いがするこの村に来たく、かごめに内緒で誘導したということだったらしい。バツの悪そうな犬夜叉に機嫌が悪いかごめを見て。自分が言ったことに反省した。死人の桔梗に生まれ変わりのかごめ。そして犬夜叉。この三人は深い物があるんだ。自分が立ち入れない、なにかがある。
 それはそうと、四魂の玉の話だが。五十年前に突如消えた四魂の玉がかけらになって戦国の世に甦った。なにかの因果の関係で、かごめと犬夜叉はかけらになった四魂の玉を集め、そして、七宝。弥勒が仲間になった。
 なによりもが気になったのは、奈落という妖怪の話だ。巨大な邪気を持ち、姿を変え、四魂のかけらを集めている妖怪奈落。その上、弥勒の右手になんでも吸い込む風穴の呪いを空けたのが奈落だという。
 奈落……。なんだろう、気になる。
 が桔梗に助けられた時に、巨大な邪気がに付いていた。と言っていたが奈落と関係があるのだろうか。
 犬夜叉達の背中が見えなくなるまで見送るともと来た道を戻る。
 は犬夜叉の母の生まれ変わりかもしれない。と、かごめが言った。自分も桔梗の生まれ変わりだし、の生まれ変わりもありえる話だという。
 正直、生まれ変わり。と言われて困ってしまった。
 なんたっては犬夜叉のことを知らなかったし、実際にあっても何も思い出さなかったのだ。
 そのことを言えば、かごめも同感してくれた。
 生まれ変わりだと言われても、自分は何も思わないし、感じない。「変な感じですよね」っと、笑うかごめは少し寂し気だった。かごめの場合は桔梗が死人として、今自分と同じ時間にいるのだ。どういう気持ちなのだろうか。自身がそうなら……やっぱり変な感じだ。
 犬夜叉の母の生まれ変わり……。と言うことは、妖怪を愛し、半妖を産んだと言うことか。なぜかこそばゆい。
 自分は、……妖怪を愛するのだろうか。いや、誰かを愛するのだろうか。そう思えば、胸が少し苦しくなった。
「……ん?」
 村に着いて異変に気が付いた。
 なんだろう……。霧が立ちこめる中に何か動く物が見える。
 足下を見れば、よく知っている青年が倒れている。彼はよく寺に足を運び、の語りを聞いてくれる人だった。
「……様……にげ……て……」
 そう一言残すと彼はピクリとも動かなくなった。
 周りを見渡せば、村人達が何人か倒れている。これは、誰の仕業だろう。の頬に一筋の汗が流れる。
 霧の中に、何かがいる。
 霧の中、蠢く体が霧の中から現れた。
 黒い蜘蛛だ。

「……ッ!!」

 全身鳥肌が立つ。なんて大きさの蜘蛛なのだろうか。家よりもはるかに大きな蜘蛛はを見つけた。ふと、何かがに触れ、掠めた後、腕に血が流れた。
 実はは蜘蛛が苦手だった。小さな蜘蛛でさえ腰が抜けるほど、蜘蛛に恐怖心を抱いてしまう。
 歯が音を鳴らす。全身が震える。どうしようもできない。
 巨大な妖怪の蜘蛛はに近づいてくる。
 震える足を無理に動かし、は走り出した。
 なぜ今になって妖怪が?桔梗が居たときは妖怪は村を襲わなかったのに。
(犬夜叉!まだ近くにいるかもしれない!!)
 妖怪を退治しながら歩く、という彼等に助けを求めれば巨大な蜘蛛を退治してくれるかもしれない。
 息を切らし走っていれば、石につまずき前に転倒してしまった。転倒の衝撃に体が痛む。真後ろに蜘蛛が迫ってくる。
 人間というのは、死の直前に過去を思い出すという。だが、には思い出す過去がない。ただ、真っ白で巨大な犬と、優しく笑う黒髪の青年が頭をよぎった。

 もう死ぬ。

 覚悟を決めた瞬間、視界が銀色に染まった。
 長くて美しい銀色の髪。
「……犬……夜叉……?」
 の前に現れたのは、呟いた人物ではなく。知らない人物だった。




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20100513