16、桔梗の秘密 その晩、はふいに目が覚め寝床から起き上がった。 暗い闇の中。馴れた目で、隣にある桔梗の布団を見れば、そこはもぬけの殻であった。 なにか胸騒ぎがする。 夕方、薬草摘みから帰ってきた桔梗はの目から見ても少し元気がなかった。皆には気丈に振る舞ってはいるが、彼女はどこかもの悲しい様子で何度も空を見上げていた。 昼間に寺を訪れた僧が関係しているのかと、思いもしたが村人が周りにいるので、桔梗に問えるわけもなく。一足先には寝床に着いたのだ。 桔梗の布団に手をあてるが温もりが感じられない。綺麗に敷かれた布団に横たわった形跡も感じられなかった。 桔梗はどこに行ったのだろう。 は布団から抜け出し桔梗を捜すことに決めた。 庭に出、辺りを捜すが桔梗がいるわけもない。 ふいに空を見上げれば、満天の星空をなにかが横切ったのが見えた。 魚のような白い妖怪。それが何匹も空を横切っているのだ。 思わず引け腰になったが、思い止まる。 この妖怪は、なにかを抱えこんでいたのだ。明るい白い物体を妖怪は大事そうに持っている。それは、誰かのために運んでいるような。 は頭で考えるより先にその妖怪の後を追った。見失わないように上を見つめ、何度も転びそうになりながらひたすら追いかける。 「……おまえごときが……この私を救うだと!?」 突如、殺意のこもった叫びが辺りに響いた。そのあまりにも悲痛な怒りには驚いた。草を掻き分け声のほうを急ぐ。 あの声は聞き覚えがある。 だが、彼女がなぜ? 整理ができない頭のままはひたすら思った。 彼女はこんな大声を出すはずがない。いや、そればかりか彼女は今なんと叫んだ。 草を掻き分けたどり着いた先で、は足を止めた。 (桔梗……!?) やはり先程の声は彼女であったか。 らしからぬ声の主はからそれほど遠くない場所に立っていた。 この場所からも感じられるほど、彼女はいつもの桔梗ではない。 はその場から動かず、桔梗をみつめていた。 美しい巫女の周りを妖怪が飛ぶ。それはあまりにも自然なことのように感じてしまう。 「生きている者達は……新しい時を刻んでおる……だが……」 桔梗の足元から声が聞こえてくる。こちらからは姿は見えないが、苦しそうな息遣いはなにがあったのか容易に想像できた。 そして、話しの内容が気になり思わず木の陰に隠れる。 「死人のお主の時は……止まっている……」 (えッ!?) あまりの言葉には息がつまった。 桔梗が……死人……? 「決して……交わることはできぬというのに……」 声が徐々に小さくなる。 「憐……れ……」 とうとう途切れた言葉は二度と紡がれることはなかった。 はその場から桔梗を見つめる。 いつもは感が鋭い彼女は、どうやらには気付いていないらしい。 桔梗は絶命した者を何かを思うように見つめていた。 彼女はいったい何を感じているのだろうか。 は絶命した者が気になり、身じろぐ。すると足元の木を踏んでしまったらしく高い音が辺りに響いた。 「誰だ!」 気付かれた。思わず落胆してしまう。それと同時に桔梗の激しい剣幕には驚いた。 普段の桔梗ではありえないことだ。 は姿を表そうとし、 「小夜……」 桔梗の言葉に止まった。 ではない。と同じようにこの現場を見ていた者がいたのだ。 木陰から見れば、桔梗の前にいるのは小夜であることが見てとれた。 この村の子供達の中で誰よりも桔梗に懐いていたのが小夜だ。 小夜はすべてを見ていたのだろう。怯えきった瞳で桔梗を見つめている。 桔梗は小夜に手を差し延べる。いつものように。だが、すべてを知った小夜は受け入れることができない。その手から逃れるように身を竦めた。 拒絶された桔梗は延ばしかけた手を止めた。その姿があまりにも寂しそうで、は胸が痛くなる。 今の桔梗は、いつもとは違う。 だが、今の桔梗がすべてなのだとは思った。 小夜のもとから立ち去った桔梗はとうとうには気付かなかった。 桔梗が立ち去り、後に残った小夜はいつまでも桔梗の背中を見つめている。一度も振り返らない背中を。 その様子には威を決して小夜の前にあらわれた。 「姫さま……!」 突然のの出現に小夜が驚いた声を出す。 彼女の後方には、血まみれで倒れた男が絶命している。昼間に寺に訪れた僧だ。まさか、桔梗が殺したのか。 「この方を……桔梗が……」 「違うのッ!!」 小夜が叫ぶ。 「桔梗さまは、このお坊さんに成仏されそうになって……それでっ」 声を震わし涙を流す小夜をは抱きしめた。 この僧は始めから桔梗を成仏させる気だったのだろう。死人であるという巫女を。 だから、のもとへ訪れた。だが、桔梗を成仏させるどころか逆に殺されてしまったのか。 人を死においやるほど彼女はいったい何を憎んでいるのだろう。 「小夜ちゃん、……私は桔梗を追うわ」 の言葉に小夜が顔をあげる。 「……っ……うん。……だったら桔梗さまに伝えて……」 は小夜にしっかりと頷いた。 20071130 |