15、僧








 その日は桔梗は子供達を連れて出かけていた。
 は寺に残り、怪我をした村人の包帯をかえたり傷薬を塗ったりとあいもかわらない日常を過ごしている。
 桔梗の知識のおかげか怪我人もだいぶ少なくなってきていた。このぶんだと後もう少しで皆元気にこの寺から出、思い思いに働けるようになるだろう。
 それに、青鬼の死体は桔梗がきちんと供養したためか、妖気も発することもなく村には平和が訪れていた。
 皆の包帯を変え、は寺の庭に下りた。
 空気が涼しい。深く息を吸えば気管から肺へと空気が流れるのがわかる。
 この村が好きだ。優しい人々。とりまく環境。過去がわからなくても、今のを皆がむかえてくれる。それがたまらなく嬉しい。
 だが……。
 は澄み切った青空を見上げた。
 例え、今の環境がよくても心は満たされないのだ。村の皆のことは好きだ。を慕ってくれる。
 過去がどうとという問題ではない。はなにかするべきことがあったのだ。それが気になる。心に決めたことはいったいなんだったのだろう。
 ものおもいにふけっていれば、砂を蹴る音がし、はそちらへ振り返った。
 見知らぬ二人の僧が立っていた。風貌から行脚の道中なのだろう。ここは寺だ。今まで何回か行脚途中の僧達がこの寺に泊まり、そして次の日には去っていった。今回もそうだろう、と思いは二人に笑いかけた。
「お坊様、お泊りでしょうか……?」
 笠を被る僧の一人がに近づいてくる。
「すまぬが……、話しを聞きたい」
「ええ、よろしいですよ。では内に……」
「いや、ここでいい」
 きっぱりと言った僧には少し首を傾げた。
 この僧は今までこの寺に泊まった僧達とは違う。僧の周りの空気が張り詰めている。なにかを探るような瞳はを捕えて放さない。
「子供達と共にいた、巫女のことだが……知っているか?」
 低い声で僧が言う。
 子供達と共にいた巫女。桔梗のことだろう。この村には巫女が桔梗だけだから桔梗に違いない。しかし、この僧は桔梗のことを知っていったいなにがしたいのだろうか。
「ええ、存じ上げています」
 は注意深く答えた。
「彼女はすばらしい方です。……それがなにか?」
「あの巫女は、この土地の者か……?」
「……いえ」
 鋭い視線をに投げかけながら僧は問う。
 この僧はいったい桔梗になにを感じたのだろうか。は不思議でたまらない。
「彼女の過去を知るものはいません。……この土地では関係ないことですから」
「……そうか……」
 の言葉に僧は何を思ったのだろうか。
 顎に手をかけ、彼は神妙に考えていた。
 なにかまずいことを自分は言ったのではないかと思ってしまう。だが、が桔梗に関して知ることはあまりにも少ない。あれだけ一緒に時を過ごし、会話をしたのには桔梗について知らないのだ。思わず悲しくなってしまう。
「あいわかった」
 僧が言う。
「娘よ、仕事の邪魔をしてすまなかった」
 が脇に抱える包帯が入った桶を見て僧が言う。
「それでは」
 とに頭を下げ背を向けた僧はなにかを言い忘れたというようにに振り返った。
「娘よ……。お主の時は、他の者とは違う。生きている時が違うのだ。……邪気は感じんが……何者だ?」
「え……ッ」
 僧の言葉には息をつまらせた。
 生きている時が違う。彼はそう言った。
 射すような僧の視線はのすべてを射ぬくような鋭いものだ。それから反らさぬよう、は僧を見つめる。
 当初、桔梗はに、邪気が纏わり付いていると言った。過去を何者かに消されているとも。
 それは今、目の前にいる僧が言うの生きている時が他の者と異なっているということとなにかしら関係があるということなのだろうか。
 は深く呼吸をする。
 そして、

「私も知りたいのです。……自分が何者か……」

 思わずはりつめた声が出てしまった。
 の言葉に僧が笑うのを感じた。
「美しい娘よ……。自分が何者か知るためには、世界を見るのがよい。お主の幸運をわしは仏に祈るとしよう……」
「ありがとうございます」
 は僧に笑い返した。
 世界を見る。それが一番なのかもしれない。
 歩きだした僧の背中をは見つめた。





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20071115