14、森の中で 「いずれまた……犬夜叉めを殺す算段がついたら、お尋ねするやもしれませぬ……」 「つくづく……食えないやつだ……」 殺生丸は姿を消した奈落に言う。 山の中、姿のない奈落は微かに笑ったような気がした。 「最後に、お一つ……。あの女……は、死にました……」 そう一言だけ言い残すと奈落は気配を消した。それを追うわけでもなく、殺生丸は山の中にたたずむ。 が……? 思わず空を見上げる。 「あの……殺生丸様……」 後方から邪見が恐る恐ると殺生丸を呼んだ。 「……なんだ」 「とは、いったい誰なんでしょう……?」 聞いてみたのはいいが、返事はない。 睨まれたのを邪見は殺生丸が怒っているのだと思い、すかさず土下座をし声を震わせた。 「お、お、お許し下さい!ですぎたことを……」 「知らん……」 「……へ?」 邪見の言葉を遮った殺生丸は素っ気なく答えた。思わず邪見は顔を上げる。 どうやら、殺生丸は怒ってはいないらしい。すんでのところで、命の危機から免れた、と邪見はほっと胸を撫で下ろした。 女の名前がでるなど殺生丸とともに過ごして初めてのことであった。思わず好奇心に負けて尋ねてしまったが、殺生丸が答えをだすわけがない。 また、一つ謎ができた……。 そうこうしているうちに、自分の主君は邪見をおいて先に歩き出していた。再び、当てもない旅路が始まりだ。邪見は溜め息をこっそりとつくと、急いで殺生丸のもとへ走った。 (……は、死んだか……) 山の中を歩きながら、殺生丸は先程の奈落の言葉を思い出していた。 奈落が殺生丸に渡した人間の腕は、四魂のかけらが埋め込まれていたせいか腐臭もせず、生前のままであった。あの腕の匂いはが微かに漂わせていた匂いと同じだった。あの腕の持ち主は男。とどのような関係であったかはわからない。 自分にはどうでもいいことなのに、気に入らない。 あの腕の持ち主が死んだから、も死んだのだろうか。やはり、人間とは弱い生き物だ。 そう思えば、殺生丸のそばで笑ったの顔が浮かぶ。 と出会ってから自分は少しおかしいのだ。他人のこと、ましてや人間のことなど今まで気にもしなかったのに、歩きながらのことを考える。 思わず自嘲してしまう。 人間は虫けら以下だというのに。あの女、犬夜叉の母親がまさにそれだろう。犬夜叉の母親に似ているをなぜ、この殺生丸が考えなければいけないのだ。 だが、奈落はなにを考えている。殺生丸にの死を教えてなんになるというのだ。 それに先程感じた奈落の邪気は、滝壺から去る時に、の匂いと同方向から感じたものと同じだった。 がどのような人間だったかわからない。しかし、人間であるは奈落と繋がりがある。 どうやら、が殺生丸に会っていたことを知った奈落が今回の駒に使ったのだろう。自分が駒に使われたことにいささか腹がたつ。 それにの知り合いの腕を殺生丸が使う。はどう思うだろうか。 だが、そんなことはどうでもいい、と殺生丸は思った。 が誰と関係をもとうが殺生丸には関係ない。 振り切るように山道を歩いていけば、途端に腰にさす天生牙が熱をおびる。 に会ってから、この天生牙は時折熱を持つようになった。今まではただの使えぬ刀にしかすぎなかったのに、自ら殺生丸になにかを訴えかけるのだ。 微かに震える天生牙の柄に手をかける。 (……の生死は、私が決める) 妙に暖かな温もりに、自分でも思ってもみなかったことを思ってしまう。 徐々に天生牙の奮えはおさまり。そして、いつもの役立たずの刀に戻った。 父の形見は殺生丸になにを伝えたいのかわからぬまま、殺生丸は前に進む。 風が懐かしい匂いを運んできたような気がした。 20071113 |