13、左腕がない青鬼 その死体は裏山に入り、山道を登ってすぐにあった。 巨大な鬼は恐ろしいまでの鋭い牙を見せ、紫の舌を地面に垂らし、ぎょろついた目は何かを怨んでいるような気さえする。 弓矢を持った桔梗は、村の男数人を引き連れてすでに絶命している鬼のもとへやってきた。とうのも鬼というものに好奇心がわき、しぶる桔梗に無理を言い、列の最後尾についていき森に入った。そして、鬼を見た瞬間腰が抜けるのではないか、とぐらいに驚いてしまった。 驚くとは反対に、桔梗は鬼の顔すぐ近くに膝をつき、覗き込む。 恐くはないのだろうか、とは思ったがあえて口にはしなかった。 村人が桔梗を頼るということは彼女がこのような現場について馴れているということだろう。素人のがとやかく言う場所ではないのだ。今回は、は見学。静かに彼女の行動を見るのに限る。 「桔梗様……いかがでしょうか……?」 村の村長が桔梗に言う。 「これは、青鬼です。……妖怪と争ったのでしょう。ここを見てください」 桔梗が示す場所をは見た。 「左腕がない……」 は独り言のように呟いた。 目の前の鬼の左腕は鮮やかに切り取られていた。血は枯れているらしく、その傷口から滴ることはなかったが、少し腐りかかった肉の断面には、細やかな蝿や蛆虫が喰らいついている。 何かの景色がの頭に蘇った。 今のは……? 考えているうちに、徐々に記憶が消えていく。 血のような真っ赤な景色はの過去に関係あるのだろうか。 「血の滴りが、山の奥から来ています」 一人考えているの前で鬼の傍にひざまづいていた桔梗が立ち上がり、弓で山奥を指した。 「おそらく、他の妖怪に襲われたのでしょう。……そして、瀕死の状態でここまでき……息たえた……」 桔梗の言葉に息をのむ。 彼女の言葉が真実みを持っているからだろう。 はいっきに恐ろしくなり、鬼の顔から目をそらし、右手を見た。 長くて固そうな爪だ。あれで、攻撃されたらひとたまりもないだろう。 そう考えていれば、鬼の指がぴくりと動いたように見えた。 目を凝らしてもう一度凝縮する。 ぴくり、とまた動いた。 まだ、生きているのだ。 は鬼の回りを取り囲む村人達の間を擦り抜けて桔梗に向かい走りだした。 「桔梗!危ないッ!」 鬼が腕を振り上げたのと同時に、は桔梗を押し倒した。 間一髪と言ったところだろう。 鬼の爪は、の頬を掠め、空を斬った。の顔に一本の朱い線が出来る。 息を吹き返した鬼は右腕だけで体を支え起き上がろうとする。 突然のことで村人達は悲鳴をあげて逃げ出した。それを追うように鬼が立ち上がる。 その時だ。 白い矢が鬼の頭を討ち砕いたのは。 恐ろしいまでの白い光りに包まれ鬼の頭は砕け散った。細やかな肉片があたりに散らばる。 頭を失った鬼は、今度こそ力を失い地響きをたて倒れた。 は倒れた状態から鬼を討ち殺した人物を見た。 いつの間にか起き上がっていた桔梗が弓を構えていたのだ。 これが巫女……。 桔梗の力には生唾を飲み込む。 何が起こっても冷静に回りを見渡せる強い心。そして、強い霊力。にはないものを桔梗は持っていた。 逃げ惑っていた村人も徐々に戻って来た。はほっと、胸を撫で下ろした。 「よかった……皆、怪我はしてないみたいね……」 そう、言ったに桔梗が白い布をの頬にあてる。 「怪我人はお前だろう……。まったく無茶をして……」 「うっ……ごめん」 母親に怒られているような気がし、素直に謝った。そんなを桔梗が笑いかけた。 「だが、のおかけで私も助かった……。礼を言うよ」 「いいよ……!なんか、私も無我夢中だったし」 「それでも……、ありがとう」 桔梗の言葉には照れ臭く笑った。 それから、桔梗は鬼から出る妖気を浄化すると、村人に言い、その体に火を放った。放っておけば、妖気につられ妖怪がやってくるのだと、桔梗は言う。 青い体が炎の中で燃えるのをはただ、黙って見ていた。 瀕死の状態でありながら、息を吹き返す鬼。これほどの力があるというのに、いったい誰に左腕を取られたというのだろうか。 もっと強い妖怪というのは、いったい……。 赤い火柱を見ながらは、自分の好奇心を胸の内に押し込めた。 20071108 |