12、物語 流されて数日。はあいもかわらずこの村にいた。 この村は平和だ。村人達の話しによれば、桔梗が来てからは特に平和になったという。それまでは妖怪が村を襲うのは当たり前であったらしいが、今ではそれもない。 妖怪、という言葉が些かひっかかるがはあまり気にしないことにした。 桔梗が言ったとおり、この村では過去というのが関係ない。昔の自分を知っている者がいないからか、今の自分で生きていけるのだ。記憶を失ったにとっては、とてもありがたいことだが、少し拭いきれないこともたしかにある。 忘れてはいけない記憶があるのだ。それは、けっして許してはいけないこと。頭では思い出そうとするのに、誰かに押さえつけられる。 桔梗は無理には思い出す必要はない。と言うが、はいち早く思い出したい、と思っている。 そのためには、なにより人との関わりも大切だろうし、こうして寺で一日中寝ているのも性にあわないので、は桔梗の手伝いで、この寺で戦で傷付いた村の男達の手当をしていた。これがの日常である。 そして、彼らに包帯を巻きながら以前にも誰かにこのようなことをしたように思うのだ。 「お姫さま〜、お話して」 桔梗と薬草をつみにいっていた子供達が寺に帰ってくると、走ってのもとへやってきた。 「もう、姫様って言うのは止めてよね」 戦に駆り出され傷を負った男の包帯を巻いていたは手を止め、笑いながら子供達にいう。 子供達は川から流されてきたの最初の服装からのことを、姫さまと呼ぶ。実際、自分がどういう身分であったかわからないにとっては、その呼び方が照れ臭くてたまらないのだ。 「。あとは私がやるから、子供達の相手をしてやってくれ。皆、今日はよく手伝ってくれたからな」 後から来た桔梗がそう言った。 桔梗のほうがよりも遥に手当も上手い、それにこの場で子供達が遊び回るのもどうかと思い、は素直に頷いた。 「そうね……わかった。じゃあ、皆縁側にいきましょう。……桔梗、ごめんね」 「いや。……後で私も行く。お前の話しはおもしろいからな」 その言葉を昔、誰からか聞いたことがあったような気がする。 子供達に手を引かれ、は縁側に向かった。 「さて、……どんな話しがいい……?」 「この前、話してくれた、しんでれらがいい!」 「また〜?二回目だよ」 「うん!でも、好きなの!」 は子供の要望に応えることにした。 なぜかわからないが、は色んな西洋東洋様々な物語を知っていた。記憶がなくなる前に何かの絵巻物語で読んだのか詳しくはわからないが、確かに物語だけはは忘れていなかったのだ。 幸か不幸か、その忘れていない記憶がの存在を認めているような気がした。 それを、物語や他の世界を知らない子供達に語る。 子供だけではない。が物語を語りだせば、村の者達は集まり、息を飲み聞き入れるのだ。 それがこの上なく嬉しい。 そして、よく頭でちらつく誰かが彼らのような反応をしながら、の話しを聞いていたような気がするのだ。 あれは、誰だろう? 優しい笑みを浮かべるのは。 また、物語を話していれば時折よくわからない世界の風景が頭に浮かぶ。 今、目の前の風景とは違う近代的な建物や景色。 みょうに懐かしい景色には首を傾げるのだ。 ほどなくして、桔梗がやってき、の隣に腰かけた。 歳も近いからか、桔梗とはそれなりに仲良くなった。だが、彼女のことは未だにわからない。 巫女という存在だからか、不思議な空気を彼女はまとっているのだ。誰にも支配されない自由な存在。いや、逆かもしれない。何かに支配されているような気がするのはの思い違いだろうか。 「……こうして、シンデレラは王子様と幸せに暮らしましたとさ、おしまい」 話し終わると、回りで聞いていた者達が一様に感想を言う。 子供達も満足そうだ。はその様子が嬉しく思う。 「だが、よくは物語を知っているな」 隣に座る桔梗が言う。 「え。そうかな?……桔梗も知っているでしょう。物語の一つや二つ」 「いや、私は……。そういうものとは、無縁だったから……。を羨ましく思うよ……」 寂しそうに言う桔梗がどういう人生をおくってきたのかは、にはわからない。 だが、この隣にいる巫女はより数倍素晴らしいものを持っていると思うのだ。 「でも、桔梗は草木のことも怪我をしている人を助けるすべを知っている。……人を助けることは、そうそうできないよ。私は、桔梗を尊敬してる」 「……ありがとう」 の言葉に桔梗が笑う。 そんな時だ、背に籠をおぶさった老男が走ってやってきたのは。 「桔梗様〜!!」 慌てた様子でやってくる老男に桔梗がそちらを見る。何事かと、の話しを聞いていた者達も老男の回りに集まりだした。 「どうしたのです?そんなに慌てて……」 桔梗が縁側から降りて老男のもとへ行のに、も続く。 よほど慌てているのだろう。息をきらしながら老男は言った。 「鬼が!裏山で、鬼が死んでいます!!」 20071105 |