11、消された記憶








 瞼を透して光が見える。暖かな光。遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。起きなくては。早く起きなくては、また怒られてしまう。……でも、誰に怒られるというのだろうか。
 重い瞼をゆっくりと開けた。
 天井が見える。木で出来ている天井。見慣れない景色に、は数回瞬きを繰り返した。
「ああ、気付いた……!桔梗様!気付かれました!」
 聞き慣れない声は幾つもあり、は体を起こした。
 周りを見渡せば、男や女が年齢を問わず、この広い部屋に集まって、一応にを見ていた。
 ここはどこだろうか。
 考えるに、巫女装束の一人の若い女が近づいてくる。
 美しい顔立ちだが、どこか謎めいた空気を漂わせる巫女はとかわらない年齢だと思われる。
 さしずめ、この巫女が桔梗なのだろう。
 桔梗は両脇に抱えていた籠を傍におくとの脇に腰をついた。
「気付かれましたか、……よかった」
 凜とした声は、桔梗の心の強さを物語っていた。
 優しくに笑いかけた桔梗の傍には、数人の子供達が集まっている。よほど子供に好かれるのだろう。心根は優しい人なのだ、とは思った。
「ここは……?」
 辺りを見渡しながら聞いてみた。
「ここは寺の一室です。戦で傷付いた者達をここで手当てしています」
 ああ、だからか、とは思った。
 部屋にはと同じに布団に寝かされている者。女達に包帯を変えてもらっている者がいる。彼らは戦に出向き命からがら助かった者達なのだろう。
「桔梗さまが皆を助けてくれたんだよ!」
 桔梗の周りにいる子供が嬉しそうに言った。
「桔梗さまがこの村に来てくれたから、村が平和になったって皆言ってるよ」
「こらこら、小夜」
 余程桔梗が好きなのだろう。自慢げに話す少女を桔梗が優しく諌めた。
「皆、私は少しこの方と話したいから外に行って遊んでおいで」
「後で、薬草の見分け方を教えてね?」
「ああ、約束だ」
 優しく笑った桔梗に安心したのだろう。子供達は足早に部屋から去っていった。
「子供が好きなんですね」
 子供達の元気よく走るさまを見ながらは言った。
「ええ、私にもあれぐらいの妹がいましたから……」
 過去形ということは、すでに桔梗の妹はこの世からいないということか。それで、あの子達を可愛がっているとなれば、なんとなく憐れに思ってしまう。
「失礼ですが、お名前を教えて頂きたいのですが……」
「え……です」
様。様相からしまして、どこぞの姫君とお見それしましたが、何故、あなたはあの川に……?」
「川……?」
 桔梗の言葉に記憶の糸をたどる。
「私……何かに追われて……川に……」
「何か?」
「……とても怖い生き物……でも、なんで襲われたの……」
 目をつぶり、額に拳をあてて思い出そうと努める。隣では桔梗が静かにの言葉を聞いていた。
 ふと、横を向ければ美しい着物が綺麗に畳まれの隣においてあった。ひどく懐かしい衝動にはその着物を手に取る。これは、誰かに貰った着物だ。お前によく似合う、とその相手は笑っていた。でも、その相手は誰だ。
 相手の顔に靄がかかり上手く思い出せれない。けっして忘れられない相手だというのに、どうしてだろう。
 この時代に来て初めて……。
 この時代?なぜ、そんなことを思うのだろうか。
 この瞬間は気付いた。

「私は、……誰……?」

 隣に座る桔梗が息を飲むのがわかる。
 自分の名前はわかるが、後はなにもかも思い出せれない。
「……私は、……」
「今は、なにも思い出せなくても、いずれは思い出します」
 混乱するの手を握り桔梗が言った。彼女の冷たい手のおかげで頭が冷えてくるのがわかる。そして、何か体にのしかかっていた黒い闇がはらわれていく感じだ。
 徐々に落ち着きを取り戻したに桔梗が言う。
「あなたが川から流されて来たとき、巨大な邪気があなたに取り付いていました……。今は、邪気を浄化しましたのでご安心下さい。……ですが、おそらくあなたは何者かに記憶を消された可能性がある」
「……え」
 あまりの衝撃に口が塞がらない。
「……記憶を消された……?」
「おそらく……。でも、人の記憶とは消せれないもの。いずれは……思い出しましょう」
「希望は……ある、と……?」
 桔梗の言葉に微かな光りが見える。今すぐでなくてもいい。だが、何か大切なことを忘れているのだ。
「はい。それに、……ここでは、過去は関係ありません……。私もそうです」
 何かを考えるようにこの美しい巫女は瞳を閉じる。
「今は、名前がわかるだけでいいのです。……様」
 名前。名前がわかればいい。その通りかもしれない。、という自分の名前がわかればいずれはすべてを思い出すだろう。
でいいわ……。それにしても、本当にありがとう……桔梗様のおかげで助かりました」
 の言葉に桔梗が笑う。
「桔梗、で」
「桔梗……ありがとう」
「いいえ。……私もと変わらないから……」
 静かに言う桔梗の言葉には首を傾げた。
「そういえば、先程の子供が言っていたけど、桔梗はこの村には最近来たの……?」
「……ええ」
 何かを思い出すように言う桔梗をは、見ていることしかできなかった。





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20071104