10、思惑 「そうか……は川に流されたか……」 小さな羽音を響かせ数匹の最猛勝が蔭刀の姿をした奈落の周りを飛んでいる。 の生死を見届けるためにおくった最猛勝だが、川に飛び込んだを追うことは出来なかったようだ。生きているか、死んでいるかはわからない。 だが、まぁ良い。 あの女が生きていようが死んでいようが問題ではない。 よしんぼ、生きていようともこの奈落がかけた暗示により、自分を愛した蔭刀の名前や顔、人見城のことも忘れている。もちろん奈落のことや殺生丸のこともだ。唯一の心に留めているのは自分の名前だけ。あとは、すべてを忘れるように奈落が暗示をかけたのだ。なにかある時は、この奈落が再びを使ってやることにしよう。 今は、この奈落が殺生丸の姿を借り、蔭刀を殺し、その現場をに目撃させた。それだけで、十分だ。おかげで四魂のかけらが汚れたのはいうまでもない。あの女の殺生丸を憎しむ心が奈落が持っていた四魂のかけらを汚したのだ。 五十年前に手に入れかけた四魂の玉。犬夜叉と桔梗を憎しみあわせ、汚れた四魂の玉を手に入れるつもりだったが、それは無し得れなかった。 だが、は桔梗とは違う。四魂のかけらを奈落が持っていることもきづかなかった。 蔭刀も使えぬ女を妻にしようとしたものだ。だが、それが、かえってよかったのだろう。世を忍ぶ、人見家の若という蔭刀の姿、身分を手に入れることができたのだから。 蔭刀はが、他の男に目移りをしていることに薄々気付いていた。その闇がこの奈落を受け入れ、蔭刀に預けていた四魂のかけらを汚した。そして、の蔭刀を殺した殺生丸に対する憎しみがかけらの汚れを増幅させたのだ。その殺生丸の姿が実は、奈落が変化した姿とは知らずに。 人間とは卑しい生き物だ。 鬼蜘蛛もそうだった。 人を好いたというだけで、ここまでの暗闇を持ちかけらを汚すのだから。誠に卑しい。そして、そんな卑しい鬼蜘蛛の心が未だに奈落の中にある。いずれは、捨てる。だが、今はかけらを集め、五十年前に桔梗に封印された犬夜叉も殺すのだ。 まず手始めに、殺生丸を使おう。 この蔭刀の左腕に四魂のかけらを仕込み殺生丸に渡せばいいのだ。 奴は犬夜叉を恨んでいる。否応なく人間の左腕を使うだろう。 殺生丸は鉄砕牙に捕われている。 殺生丸は犬夜叉を殺す。 汚れた四魂のかけらを握り、奈落は蔭刀の姿で外の様子を眺めた。 体が重い……。 ここはどこだろう、とは思った。この足を包むものは……?掠れ、見にくい目を下腹部に向ければそこだけ水の中に入っていた。 起き上がることもできず、ただ空を見つめる。 幾枚も重ねた着物が重い。せっかくくれた着物なのに、彼に悪いことをしたな。 はっきりしない頭で、は思う。 だが、彼とは誰だろう。名前が出てこない。思いだそうとするが、顔に靄がかかってうまく思い出すことができないのだ。 『……愛してるよ……』 抱きしめながら、囁いたのは誰だろう。 誰かとても大切な人を忘れている。 自分を愛している、と言った人は誰? ただ、あるのは深い悲しみだけ。 誰に対するものか、深い裏切りが痛い。 そして、は目を閉じた。 20071102 |