08、脳裏を掠める顔








「おお……!殺生丸様……!お探ししました!ああ、おいたわしや……」
 邪見がやってきたのは、あの女が去ってから間もなくしてからだった。相変わらず、小さな体で口煩く喚いている。
 殺生丸はそんな邪見を無視すると、立ち上がった。左腕の痛みもさほど感じなくなっている。ここまで、完治するまでだいぶ時間がかかってしまった。左腕がないというのは、違和感を感じるが、他の妖怪から左腕を奪えばすむことだ。
「それにしても……犬夜叉め!殺生丸様の腕を斬り落とすとは、……許さぬ!!」
 一人で勝手なことを言い、人頭杖を振り回している。
「……ん?」
 女が去った方向の風の匂いが変わり、殺生丸はそちらを向いた。瘴気を含む匂いは微かに殺生丸の鼻に届いた。
 あのという女の身になにかあったのだろう。ふらり、と足がそちらを向かおうとする。
「殺生丸様……如何なさいましたか……?」
 後方から、邪見が訝し気に問いてきたので、殺生丸は足を止めた。
 自分は今、どこへ向かおうとしたのだろうか。
 我ながら、殺生丸らしくないと思ってしまう。
 ただ、あの女が殺生丸と母上を放って父上が愛した女に似ているだけなのだ。
 まだ、幼き日に遠くから眺めたあの女と同じように殺生丸に笑いかけたから、頭の隅にちらつくだけなのだ。
 興味などない。殺生丸は踵を返した。
「帰るぞ……邪見……」
 人間の女などがどうなろうと知ったことではない。
 ただ、腰に挿した天生牙が熱を発しているようだが、殺生丸はそれを振り切った。
 使えない刀の指図など聞きたくもない。
 あの女が脳裏を掠める。

(…………)

 あの時、人間に名を聞くなど自分らしくなかった。
 だが、すぐ忘れる。
 人間など虫けら以下なのだから。
 殺生丸はもう一度ど、が去った道を振り返えると、歩き出した。





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20071029