00、序








 受験に失敗した十八の春。
 は浪人生として、この日本の中心である大都東京へやってきた。
 浪人生とは言え初めての都会。田舎者にはなにもかも珍しく、東京見物などもしたりしたが、結局、馴れない人込みと排気ガスに酔ってしまい、ふらふらと歩いて辿り着いたのは長い石段が特徴的な神社だった。
 神社か……月の日でもないし、ここは一つ、これからの自分の勉強でも祈っておこう。
 と言う考えで長い石段を上がれば、なるほどかなり立派な神社であることがわかった。
 東京の中心に広大な土地。売ればかなりの値段だろう。と最低なことを考えながら歩いていれば、しめ繩を付けられた大木の前で脚を止めてしまった。
 それは自分ではないような、ただ無意識という言葉が似合うであろう、脳が脊髄に指令を出す前に、その大木の前で半ば反射的に脚を止めたのだ。
 不思議な木だ。
 おそらく何百年もここで、人々の運命を見守ってきたのだろう。
 は首を上げ、大木を見つめる。
 長い冬が終り、枝に新芽がつき、これから葉を生い茂らせるところだろうか。
 草木に詳しくはないが、その光景に生命の息吹を感じる自分がいた。
 浪人生という形であるが、これからの生活は百八十度変わるのだ。なんとなく勇気が漲る。
 ふと、太陽の光の中にある、ようやくついた青々とした葉がハラリと枝を離れ、の元へ落ちてきた。
 まだ若い葉は左右に揺れながら、確実にへ向かう。
 不思議に思いながらも、手を差し延べて見れば、案の定、葉はの手に吸い込まれるかのように、やってくるのだ。
 葉が落ちるか、という瞬間。
 後方で猫の鳴き声が聞こえ、は咄嗟に振り返った。
 葉が手に乗る感触がする。
 そして、振り返ったは目を見開くしかなかったのだ。



 そこには、猫ではなく田が広がっていた。





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20071022